いきぢから
by keiji65535
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この世に生きることが砂漠である限りは
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 この手の太マジックを目にしたとき、ふと脳裏によみがえる思い出があり、その度に僕の胸と右手が、ずき、と疼くのです。




 あれは僕が中学2年生の時でした。
 僕は、今でこそ近所の古本屋の従業員と打ち解けて天久聖一の天才について語り合う程度の社交性は持ち合わせていますが、当時はとてもおとなしい子で、友達らしい友達もいませんでした。
 はっきり言って、かなり暗かったです。
 ドがつくほど暗かったです。
 ド暗かったです。
 メゾン・ド・クラカッタです。

 ある日の休み時間、僕がいつものように自分の席で右手と左手を戦わせていると(ほとんど同じ持ち芸を有するテント師匠という偉大な芸人の存在を知るのは、ずっと後年のことです)、 クラスのある女子が、僕の前に立ちました。

「ミヤタくん、これのキャップ取ってーさ」

 そう言って、1本のマジックを僕に押し付けるように突き出してきたのです。
 彼女はクラス内で男女共に分け隔てなく接し、いつも明るく朗らかな、笑点でいえばこん平師匠のようなポジションの女の子でした。
 そして、僕のひそかな憧れの対象でもあったのです。
 僕は状況が全く把握できず、呆然としながら目の前のマジックを受け取ることがやっとでした。
 そのとき、離れたところから声をかけるものがありました。

「取ったりや、ミヤタ。おまえ、チカラ強いやろ」

 そこには、にやにやと笑いながらこちらを見ている男子の1団。
 その連中はいつも徒党を組んではバカ騒ぎばかり起こす、笑点でいえばこん平師匠のような存在の集団でした。
 いつも彼らにからかわれていた僕は、その一言で火がつきました。実際、腕力には多少の自信がありました。

 僕は何も言わずマジックのキャップを握ると、力を込めて捻りを加えました。
 しかし、キャップはびくともしません。
 焦ってさらに強く握りますが、それは最早本体と同化しているかのようでした。僕の手に負えるものではない。
 これは無理だ。音を上げそうになった僕が俯いていた顔をちらと上げ前方を見ると、憧れの女子がにこにこと、天使のような悪魔の笑顔でこちらを見つめています。
 ていうかみんな見てるよ!
 気が付いたらクラス中の視線が一斉に僕に注がれていたのです。

 もはや──退けぬ!

 僕の中にラオウが憑依しました。再びキャップに神経を集中させ、顔を真っ赤にしながら、知らず知らず立ち上がっていました。変な唸り声も洩れていたかも知れません。

 クラス中のみんなが僕を見て笑っています。

 笑いたい奴は笑えばいい。このキャップを外すことができれば、こいつらを見返すことができる。女子の僕を見る目も変わる。クラス中の女子が避妊具持参で我が家の前に列を成す。そんなグローリーデイズが訪れる!

 歯を食いしばり、かつてない気合を込めます。笑い声はますます大きく。キャップは汗でぬるぬる。しかしいったん手を放して拭う余裕もなく。笑い声。とにかく外す。外さなければ、俺に明日はない。笑い声。握力と手首だけではダメだ。肩をいからせ、腕全体の力を活かそうとする。笑い声。笑い声。笑うな。笑い声。外れろ、頼むから外れてくれ。でなきゃ、今すぐこの場に爆弾が落ちろ。そして何もかもを吹き飛ばしてくれ──。
 笑い声。

 みち、

 というその音が、キャップの軋んだ音であったか、僕の右手首の上げた悲鳴であったのか。
 僕はその日から所属していたバドミントン部を休み、整骨院に通うことを余儀なくされました。

 マジックのキャップは、大量のアロンアルファでガチガチに固められていました。

 痛々しく包帯の巻かれた僕の右手は、しばらくの間左手に苦戦を強いられ、しかしそれでもなお勝ち続けました。
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by keiji65535 | 2005-10-08 13:10
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