いきぢから
by keiji65535
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カテゴリ:自動書記小説( 22 )
「沸点」
 その日の日本列島はパンツの中のよな蒸し暑さであり、いわば国民総員が陰茎であったのだ。闇の中で怒りを溜めて自らの骨肉をさいなみ修羅道に踏み入らんとする者どもの蜂起は刻一刻と近づいていたが、それはさておいてここに一つのささやかな愛が芽生えつつあった。斉藤ムパ吉58歳。彼は会社よりの帰路、一つの哀れな魂を見出した。その男は全裸を荒縄で緊縛された上、眼隠しと猿ぐつわをかまされた状態で路上に放置されていた。周囲の人々は素知らぬ振りで遠巻きに通り過ぎていくのみであったが、ムパ吉は矢も楯もたまらず男に駆け寄り、その拘束を解いた。「サンキューです」男は切れ切れの呼吸の中からムパ吉に礼を述べた。「一体何があったのいうのか。好きでやっていることなら私は何も言わぬけれども」ムパ吉が問うのに、男は落涙しながら「私はある大罪を犯し、報いを果たすためにこのような姿をしています。しかし今悟りました。私がどのような苦役を引き受けようと、その罪が消えるわけではないことを。それよりはせめて、これから先の人生を、他者の心を救うことに捧げるべきなのだと。決めました。私はこの先、貴方を愛することに一生を捧げます。そうすることで、この甲斐なき生命にも幾ばくかの意義が芽生えましょう」「私は構わないが、良いのか君はこのようなおっさんに全てを捧げて。残念ながら私にそっちの趣味の持ち合わせはないし、君の愛に報いる自信がない」「良いのです良いのです。私は貴方に何も求めません。むしろ抱いてやると言われても正直ちょっと困ります。私はただ貴方を愛し、そのことによって貴方が喜びを感じてくれさえすれば、他に望みはないのです」かくしてこの時よりこの男、谷屋ムパ六26歳は、ムパ吉に影のごとく付き従い、有言実行、惜しみない愛を捧げつづけ、それは時に行動となって体現された。ある日ムパ吉が威勢のいい若者数人に囲まれ金品を要求されたとき、ムパ六は己の危険を顧みず若者らに食ってかかった。そしてまたあるとき、大型トラックが歩道に乗り上げてムパ吉に向かっていったところをムパ六が突き飛ばし、あやうく避けたところに運転席から機銃が乱射された。ムパ六は銃口の前に身を躍らせ、傷を負いながらもムパ吉の窮地を救った。自分のことを命がけで必要としてくれる存在に、ムパ吉の精神は自信と温もりに満ちていった。だが垂れないおっぱいがないのと同様、愛もまた不滅ではありえない。この愛の終局は極めて悲劇的な形で、すなわちムパ六の死によって幕を閉じることとなった。ムパ吉が趣味の登山に赴いた山で、頭上から巨大な岩石が降ってきた。ムパ六はムパ吉をかばい、岩石の下敷きとなった。半身を潰された状態でムパ六は苦悶の中「ムパ吉さん。私は貴方に謝らなければならない」と告げた。「謝るとは何のことだ」「私が貴方のお傍につくようになってから貴方を襲った無軌道な若者やトラック、あれらは私の仕込んだものだったのです。私は貴方に自分の愛情を誇示したいがために、貴方を危険にさらしてしまった」「そうだったのか。何も気にすることはない。私のためにそこまでしてくれる気持が何より嬉しくありがたい」「だけど、自分の仕込んだことでなくても、こうして私は貴方のためにこの身を投げ出すことができた。私は誇りを抱いて死んでいくことができる」「そうか。そう言ってもらえるなら、私もこの岩石を仕込んだ甲斐があったというものだ」「……え」「すまない、君の愛を試したくてつい。私も君に愛されたことを誇りに思う。ムパ六君、今まで本当にありがとう」「……サノバビッチ……」
 大黒天が弁財天をファックし、天照大神が八幡大菩薩のタマをしゃぶる。八百万の神々による乱交パーティは尽きることを知らない。この世の全てが何かの冗談だったらいいのに。そんなことを誰かが思った。
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by keiji65535 | 2008-07-07 00:47 | 自動書記小説
「あと無職とか絶対ムリだから」
 吹雪はいつの間にか止んでいた。だが、針のような寒気がおさまったわけではない。
 空は澄み切った漆黒に沈んでいたかと思えば、とつぜん紅に染まったり、深海のごとき蒼一色に包まれることもある。
 大気が不安定なのだ。もはや命あるものの踏み入ることのできる場所ではなかった。
 そこは天の一部であった。
 雪中に歩みを進めるその男の五感は、もはやほとんど失われていた。なのに足だけは別の意思をもつもののように前へ前へ踏み出されていく。
 目的を果たし得たとしても、生きて帰れる望みは万に一つといったところであろう。もし帰ることができたとしても、五体無事に暮らすことはかなうまい。
 頭の中心に、きんきんとした痛みがある。身中に残っている唯一の感覚であった。この痛みの失われたときが最期だ。男はそう確信していた。
 その痛みが、前触れもなく消失した。全身が温もりに抱かれ、安らぎが心身に満ちた。
 これが死というものか。こんないいもんなんだったら、もっと早く死んでおけばよかった。
 思わず膝をついた男の前に、微笑があった。
 それは美そのものであった。男の衰えた目が、微笑に釘付けとなった。
「人の身でありながら、よくぞここまで参られました」
 微笑は、男に語りかけた。
「貴女が……女神」
 声にならない声で、男はやっとそれだけ言った。
「そう呼ぶものもあるようですね」
 微笑はいっそう輝きを増した。
「ああ――」
 熱い、熱い涙であった。それを皮切りに男の身中で血が脈打ち、生気がみなぎっていく。
「わたしは……貴女を求めてここへ来ました」
「知っています。人が人ならぬ望みを抱いたとき、私を求めます。しかし実際にたどり着くことができるのは、ほんのわずか、選ばれた者のみが成し得ることです。あなたは、私に何を望みますか」
 男は立ち上がると、深々と頭を下げ、
「つ……つ……付き合ってください!」
 微笑が凍りつく。
 しばしの静寂のあと、それは決まり悪そうに、
「ごめんなさい、年下は、ちょっと」
 背中でその声を聞いた男は、やがてだるそうに上体を持ち上げ、
「死ね!」
 そう吐き捨て、踵を返した。
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by keiji65535 | 2008-05-28 00:59 | 自動書記小説
「運動くん」
 ダントツの首位でゴールテープを切ったその男は、そのまま身体を冷やさぬよう軽く動きつづけ、次の競技に備えていた。
 そこへジャージ姿の若い女が駆け寄ってきた。
「すみません、ご父兄の方でしょうか」
「いや違うけど」
「ならどうして小学校の運動会でいい大人が全力疾走してるんですか」
「一般参加はあかんの?」
「そんな枠は設けてません」
「何、金か? 金が欲しいんか?」
 男は短パンのポケットから万札を取り出した。
「まあ貰うけど」
 女は素早く金を奪いとると、
「とにかく行事進行の妨げですんで、早くお帰りください」
「今、金受け取ったじゃないか」
「それとこれとは話が別です」
「別かなあ」
「だいたい何でこんなことしてるんですか。変態は死ねよ」
「じつは僕は日本短距離界のエースとして将来を嘱望されてる者なんだけど、来週オリンピック選考会があるんです」
「それで」
「最高のメンタリティで本番に臨むべく、ここで圧勝の気分を味わっておこうと寄らせていただいた次第です」
「子供たちのトラウマになるから帰ってください」
「じゃあお金返してよ」
「それとこれとは話が別ですってば」
「別なのかなあ」
「こんな大人げないことしてるとね、おとなげないお化けが出るよってお婆ちゃんが言ってましたよ」
「何?」
「おとなげないお化けです。ほら、こうしてる間にも」
 そのとき、校庭は大きなどよめきに覆われた。
 巨大な白い犬が、舌をだらしなく垂らしながらトラックに駆け込んできた。その一挙手一投足に、生徒たちは声をあげ、はしゃぎ倒している。
 しばらくその様子を見ていた女教師はやがて男に振り返り、
「いやあれは犬ですけどね」
「結婚してください」
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by keiji65535 | 2008-05-06 23:19 | 自動書記小説
「獅子よ 眠れかし」
<あらすじ>
 前回の記事を「続く」と締めたが、あれはウソだった。


 ひどく心地のいい目覚めであった。
 目を開いた彼は、俺は夢を見ているのだと確信した。誰しもが経験する、夢を見ている自覚のある夢、その類であろうと。
 無闇に広い部屋に程よい間隔で並べられた、美麗な調度品の数々。それらは窓から差し込む優しい光、天然のものとも人工のものともつかぬそれを反射し、燐光のごとき眩さを見せていた。
 そんな豪奢な部屋の奥で彼は、浮遊しているかと思えるような弾力のある椅子に腰を沈めている。その周囲に半裸の女たち、いずれも劣らぬ美女が幾人も彼に寄り添い、かしずいていた。
 彼は、絵に描いたような王様であった。こんなことは夢以外ではありえぬ。
 ずいぶんわかりやすい欲望の顕れであることよと、内心苦笑しつつ、彼は周囲を見回した。夢であれば、少しでも長く愉しむに如くはない。
 だが、時間が経つにつれて現実的感覚が身体に戻ってくると、この状況を愉しむどころではなくなってきた。いったい俺の身に何が起こっているのか。
 そのとき、彼の鼻腔を、覚えのある香りが刺激した。
 そして彼は、彼が眠りにつく前に起きたことを思い出した。

 その日の彼はパチスロで大勝し、気の大きくなったまま街をふらついていた。
 いつもであれば目もくれず通り過ぎる、インド雑貨の路上販売の前で何の気もなしに足を止めると、一本の香が目についた。
 無意識に手に取ると、
「その香はねお兄さん、選ばれた人が焚くと、自分の中にもう一つの人格が生まれるんです」
 やたらと流ちょうな日本語で、インド人の店員が話しかけてきた。
「たとえばお兄さんが焼きそばを作ろうとして、材料一通り買ってきてね、さあいざ作ろうかというときに、オイスターソースを切らしていることに気が付く。買いにいかなきゃならないけど、また出かける気力がどうしても起こらない。そんなときに便利です。もう一つの人格に買いにいかせればいいんでね」
 かるいトリップ感覚でも味わえれば儲けものであると、それぐらいの気持ちで、彼は五〇円のその香を二本、香皿と共に購入した。
 部屋に帰ってその香に火をつけ、先端から昇る煙を吸い込んだのが、彼の最後の記憶であった。

 彼の内に潜在していたもう一つの人格、それは本来の彼とはおよそかけ離れた野心、行動力、そしてカリスマ性の持ち主であった。今や彼は政財界と黒社会を一手に牛耳る、この国の実質的な支配者となっていたのである。
 彼はそのことを全く覚えていないが、何となく状況を飲み込みつつあった。
 今彼の鼻に届いている香りが、最後の記憶にあるものと同じであった。たまたまこの部屋で焚かれたその香が、久しく眠っていた本来の彼の意識を揺さぶり起こしたものと見える。
 彼は眠っている間に途方もない富と地位を得た。だが、確実に大きなものを失ってもいた。
 自らの手の甲に視線を落とした瞬間、彼の表情に、微かな苦悶が現れた、その微妙な変化に、周囲の女の誰もが気がつかなかった。
 よく手入れはされているものの、その肌には張りが失われ、深く荒い節が目立った。まだ二十四才であるはずの彼の手に、覆いようもない老いが見て取れた。鏡を覗けば、さらに過酷な現実がそこにあるだろう。
 二〇年、否、三〇年以上、彼は眠っていたらしい。
 彼は再びゆっくり目を閉じると、深く長い懊悩の果て、やがて、ふっきるように一言呟いた。
「トータル、プラス!」
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by keiji65535 | 2008-04-14 00:15 | 自動書記小説
「例えの出てこない和尚」
 森閑たる山村の片隅にひっそり建つ古寺。古びてはいるが掃除の行き届いているその本堂の中で、一人の男がじっと座して仏像を見つめている。
 男の背後へ、静かに住職が現れた。
「迷いが晴れぬようですな」
 鷹揚な、しかし深い声であった。
「和尚様」
 男は住職の立つ方向へ座りなおし、
「一体、人は罪を逃れて生きることができるものでしょうか」
 住職は微笑を浮かべ、ゆるりとかぶりを振った。
「それは無理というものです。人はただ眼を瞬くだけでも罪を重ねている。それが人の生まれながらに負いし業というもの」
「それでは、人は何のために生まれてくるのでしょう」
「……左様……」
 住職は本堂の内を一通り眺めたあと、脇の木戸をす、と開け放った。
 美しい庭がそこにあった。四季の全てを愛する者の作りし庭であった。
 沈黙が訪れた。
 住職はただ黙して庭を見つめている。男も、住職の視線を追うように庭を眺めている。
 沈黙は続いた。
 たっぷり八分は続いた。
 やがて住職は重い口を開く。
「人とは、人の世とは、左様……」
「はい」
 住職は病的にゆっくりとした動きで庭を指差し、
「あの…………」
「はい」
 再びの静寂。小鳥のさえずりだけが響く中、住職は腕を上げたまま動こうとしなかった。
「あの……松の木……」
「松の木、ですか」
「……の、下の、池……」
「はい、池」
「の、中の、」
「中の?」
「中の……鯉?」
「鯉」
「鯉なんて言ってない。石、石」
「石でございますか」
「……」
「……」
「は、置いといて」
「……はあ」
「……」
「……」
 住職は思い切った様子で腕をぐわわっと上げ、天を指差した。男の視線もその指先を追う。
 で、そっからまた沈黙だった。
「……」
「……」
 住職は何事もなかったように腕を下ろし、
「浮世は、ピンクローターのようなものでしてな」
「ええっ!?」

<続く>
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by keiji65535 | 2008-03-26 23:19 | 自動書記小説
知らん人も、何かこーいうのがあるんだなって見当つけてください
 ヒトは爪も牙も用いることなく、殺傷能力という一点において生物界の頂点に立った。そのヒトを殺しうるのは、やはりヒトである。
 復讐。粛清。あるいは処分。呼び名は様々だが、いつの世も絶えることのない殺戮の数々は、この世界にある種の均衡すらもたらしている。
 天は何を思ってかような業深き生物をこの世に現出せしめたのか。それともヒトは天の意を外れた存在なのか。
 そんないびつな世界を睥睨せんと、その日の空は蒼天まで澄み切っていた。光の嘲笑。風の罵倒。
 荒野。岩肌も露わな不毛地帯に走る、一本の道。果てもなく続くそこに、簡素な柵と門が設けられ、周囲で銃を持った男たちが談笑に興じている。
 その賑わいを遮ったのは、エンジン音。遥かより迫りくるそれを耳にした男たちの表情に微かな緊張が走った。男の一人が進み出で、道の中央に立ちはだかった。
 砂煙を引き連れて現れた一台のバイクが、男の数メートル手前で停止した。
「エンジンを切れ!」
 身振りをまじえて男が叫ぶ。バイクの主は素直に従い、キーを捻った。そしてバイクに跨ったままフルフェイスヘルメットを外す。端正な顔にかかる艶やかな長髪。かなり長身の男だった。
「ずいぶん物々しいな」
 涼しい声であった。バイクの男はライダースジャケットのジッパーを下ろすと、胸元より取り出したサングラスを装着した。
「この辺りに関西人が逃げ込んだという情報があってな」
「ほう、物騒だな。それでこんな所まで残党狩りか」
「身元を改めさせてもらっていいか」
「ああ。ほらよ」
 提示された免許証を、銃を持った男がじっと注視する。
「ご覧のとおりの神奈川生まれアメ横育ちだ。行っていいかい」
 だが銃の男は応えず、免許証を手に持ってすがつたがめつしながら、
「……今の関西人どもの組織力であれば、こんなものは簡単に偽造できるんだろうな」
「は?」
 バイクに乗った男は一瞬虚を突かれた顔をしたが、すぐに口元だけで笑みを作り、
「ナイスジョークだ、おっさん。しかし生憎だが、ハーレーのグラサンがこれだけ似合う関西人ってのは、ちょっといないぜ」
 銃の男は取り合わず、
「これからどこへ行くんだ?」
「九州の工場へ新型ICチップの試作品を届けに行くところだ。なんなら荷を開けてもいい。お望みなら家系図も見せようか」
「いや」
 銃を持った男は少し考えたあと、
「お前、アルプス一万尺は歌えるか」
「……何だって?」
「アルプス一万尺だ。歌ってみろ」
「俺はハイキングに来たわけじゃ――」
「いいから歌え!」
 男は叫びながら銃を少し持ち上げた。バイクの男は肩をすくめ、
「とんだ余興だ」
 軽く咳払いすると、朗々たる声で、
「アルプス一万尺、小槍のうーえで、安くて良い品ピーカピカ」
「よし捕えろ!」
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by keiji65535 | 2008-02-28 00:12 | 自動書記小説
納得いくものを書きあげることを、最初に諦めようと思ったんだ
 視界一面を侵食、蠢く狂人達の群れ。宴。愉悦。
 或る者は自らの頭蓋を地面に叩きつけて砕き、また別の者は嗤いながら己の五指を食いちぎっている。肉が爆ぜ、骨が散る。
 生ぬるい陽光の降り注ぐ中、路上にて数十人ものニンゲンが半裸ないし全裸で自傷を行なっている。そんな彼らを観察しながら血臭の中に歩を進める俺も、紛れもない狂者の1人である。否、狂気なるものの定義が相対によって決せられるとするなら、むしろこの空間にあっては一人俺のみが異常であるとさえ言えた。
 彼らは豚の報いによりこうなった。豚の反逆に遭いこうなった。豚の怒りに触れ、豚の凌辱を受けた。
 おそらく、本来の意味においては彼らは既に死んでいる。死んだ彼らを尚動かすものは、純然たる怨念である。
 俺は希望に向かって歩いている。そして最後は絶望を抱いて死ぬ。
 目の前を日本蕎麦の屋台が通る。屋台を引く親父は俺を認めると足を止め、額に巻いていたタオルを取って顔面を拭った。
「災難やったな、お互い」
 焼け縮れた声で俺に話しかけ、並びの悪い歯を露わにした。
 初めて会話の通じそうな相手に出会った。とはいえそれは俺と親父の狂気のチャンネルが幾分近いという程のことでしかない。大体この状況で蕎麦屋を営業しようという者と反りが合いそうな気がしないし、何よりこんな汚いおっさんが俺の希望であろう筈がない。
 親父は屋台を下ろすとその側面に回り、煮立った湯に蕎麦を一玉放り込んだ。
「急ぐわけやないやろ。一杯食てたらええわ」
 俺の意見を訊く気はないらしい。親父はプラスチックの鉢を手に取り、手際よく出汁を注いだ。
 実際、急いでも仕方なかったので、俺は勧められるまま丸椅子に腰を下ろした。
「えらい世の中なてもたけどなあ。けど、生きていくだけやったらどうにでもなるわ。ゆっくりいこ、ゆっくり」
 言いつつまな板の上に白ネギを乗せ、右手に包丁を握った。
 瞬間、屋台に衝撃。轟音と共に屋台が揺れる。鉢が倒れ、出汁をしたたかに浴びた親父が「あづっ!」とのけ反った。
 親父の足もとに、近くのビルの上より落下してきたものと思しき、女の上半身が転がっていた。辺りに血が飛び散り、親父の服にも赤い斑点が付着している。
 女は半身を失い、体中の骨を砕きながらも身を起こし、親父につかみかかろうとしている。襲うように、すがるように。
 親父は舌打ちすると手に持った包丁を振るい、女の頸(くび)を斬りつけた。女は既に脈を失っていたと見え、その傷口からはソースのような黒い液体がどろりと滴っただけで、そのまま力なくくず折れていく。親父は続けて女の側頭部をネギでしばいた。
「こうなったら終いやわなあもう。俺らはまだ全然ラッキーやわ。正気保っとるだけ」
 親父は包丁を濡れ布巾で拭うと、ネギをきざみ始めた。
 女の頸から地面に黒い染みがゆっくりと広がっていく。やがてこの肉体は腐敗し、他の生命をつなぐ糧となるだろう。同様に、この肉体に宿っていた怨念も、いずれどこかで新たな怨念を生むだろう。全てが滅するまで、その連鎖が途切れることはない。
「えらい待たせたなあ兄ちゃん」
 俺の前に鉢と箸が突き出された。親父の真黒な指で握られたそれを受け取り、出汁を一口すする。無闇に美味いのがやや不気味だった。
 蕎麦を三口ほど手繰ったところで、味を感じなくなった。舌の痺れはたちまち脳に至り、意識が混濁する。すぐに手が動かなくなり、鉢を手放してしまった。膝にしこたま出汁をかぶったが、まるで熱さを感じない。
 丸椅子ごと地面に倒れこみながら何とか親父の方に目をやると、親父はズボンを下ろし、嘘のように巨大な一物を放り出したところだった。それは余りに激しく膨張しすぎて、ところどころより血を噴いていた。
 猿が威嚇するような声。それがどうやら親父の笑い声であるらしいことは分かった。親父は服を全て脱ぎすてると、何に使うつもりか、右手に包丁を持ったまま俺に駆け寄り、のしかかってきた。
 恥辱と恐怖をくるみ込んだまま、意識が溶けていく。だが最期の最期、全てが闇になる直前のほんの刹那、俺は求めていた希望を見出すことができた。
 めっちゃモチ肌! この人めっちゃモチ肌! あと桃尻!
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by keiji65535 | 2008-02-19 01:54 | 自動書記小説
「宴 終わりて」
 暴君と呼ばれる王様がいました。
 あるとき王様は「不必要に強靭な肉体を持つ者は、テロリストとなって我が朝に仇をなす恐れがある。コロコロ転がして腹筋鍛えるアレを、ヒザをつかずに5回以上コロコロできるものは、全員座敷牢に閉じ込めて魚の内臓でも食わせとけ!」と命じました。
 しかし王様は暴君であると同時にとてもナメられていたので、側近に「ッカ言ってんじゃねえよ短足!」と一喝され、ツバを吐きかけられました。
 そこにいた兵士にも、「このデブ!」と、ツバを吐きかけられました。
 近くにいた召し使いにも、「この口臭野郎!」と、ツバを吐きかけられました。
 そこへお姫様がダッシュでやってきて、「このED!」と、ツバを吐きかけ、また向こうへ行ってしまいました。
 いつの間にか民衆がお城に列を作り、一人一人、
「この痔もち!」
「このデベソ!」
「この顔面シュールレアリズム!」
「このメタボリック・オブ・メタボリックス!」
「この悪役レスラー!」
「この母乳フェチ!」
「このナチュラルボーン・ルーザー!」
「この陣内智則!」
「このいのまたむつみコレクター!」
「この逆キムタク!」
「この部分ハゲ!」
「このローティーンアイドル・ラバー!」
「このマスター・オブ・オナホール!」
「この白癬菌養殖地!」
「この泣き言のデパート!」
「この欠陥DNA!」
「このローション信者!」
 と罵っては、ツバやタンや小便をかけていくノリが生まれていました。
 笛や太鼓が打ち鳴らされ、人々は提灯を振って踊り倒しました。
 その間も、王様はひたすら罵られ、ツバやタンや小便や生活排水をかけられつづけました。
 祭りは、3日3晩続きました。
 終わったあと、汚物まみれになった王様に、一応みんな、形だけ謝りました。
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by keiji65535 | 2007-11-04 23:59 | 自動書記小説
「俺たち玄海灘に波紋を起こすために生まれて来たのだぜ」
 生来の出無精で、余りに外出をしないがためにほとんど土着神になりかかっていた私だ。
 そんな私が初めてパスポートを申請したのは、死地を得るためであった。

 自分の身体が病魔に侵されていると知って以来、私は不安と恐怖で眠れぬ夜が続いていた。
 死に対するそれも勿論あるが、それ以上に、自分が死んだ後その肉体が炎に巻かれる様を想像すると、草野仁に夜這いをかけられたような怖気が走るのである。私は極度の火恐怖症なのだ。

 大体が私は、火葬という風習に以前より懐疑的であった。
 さんざん他の生命を喰らって生き長らえておきながら、自分は死んだら有機性のカケラもない灰になるなどというのは、自然に対する背信だ。食べ物を大切にしようなどという高言をひけらかすぐらいなら、人間だって死んだら何かの糞になってしかるべきなのだ。

 そして私は、チベットに立っていた。
 チベットと言えば鳥葬。この地で、どこの誰とも知れぬ無縁仏として果てれば、死体は当地のラマ僧の手によってトリの腹に収めてもらえるであろうという目算だ。

 生まれてこの方、東海地方を一歩たりとも出たことのなかった私には、何もかもが新鮮だった。これまで生きてきた世界とは、全ての物質・空気が、粒子レベルで違うように思われた。

 それは、眼前で行われている催しに依るところもあるだろう。たまたま、祭りの日に行き当たったものらしい。

 チベットに対するファーストインプレッションが祭りの光景というのは、幸運か否か判断に悩むところではある。祭りが終わって日常に戻ったこの地を私が目にした時、幻滅を覚えてしまわぬとも限らない。

 この華やかで情念溢れるチベットの姿を最後に網膜に映して死にゆくことが、もっとも賢明な判断かも知れない。差し当たって今日のところは、目の前のパレードを心ゆくまで楽しみ、ホテルで久しぶりの安眠を得よう。

 しかし熱い。それは私の恐れる火をイメージさせたが、恐怖感を呼び起こすことはなかった。むしろ、心を弾ませる熱気だ。

 群衆の叫び。民衆の咆哮。全てのソウルが呼応し、一体の龍となって日常を焼き尽し、破壊し尽すかと見える。

 昨日までのことは忘れろ。明日を思いわずらうな。
 人々の昂ぶりが、太鼓の音が、そんな思いを高らかに謳い上げるようである。思いは渦を巻いて熱波となって噴き上がり、全てを溶かそうとする。

 一つなのだ。我々は一つなのだ。剥き身になって一つに溶け合うのだ。

 本性をさらけ出す。謡え!
 獣性を解き放つ。踊れ!
 原性を取り戻す。もつれ合え!

 目の前をパレードが行き過ぎる。まるで自分がパレードの一員となっている感覚に陥るのは、あながち錯覚でもあるまい。今の私は、祭りという生き物を形成する細胞の一つなのだ。

 当地の神の姿を模したものらしい扮装の者たちが、馬に乗り、あるいは人力車に揺られて路を行く。
 その後を、花で覆われた豪奢な車がゆっくりとついて行く。
 そして極めつけ、美しい桜色の衣裳を纏った女たちが、空気を染め上げるような華やかさを振り巻き、手に持ったしゃもじを打ち鳴らす。

 誰からともなく、人々が唱和する。

  ぼんち可愛いや寝んねしな
  品川女郎衆は十匁
  十匁の鉄砲玉
  玉屋が川へスッポンポン

 それは、どっからどう見ても博多どんたくであった。ここはチベットではなく福岡市だった。
 何たることか、積年の引き籠もり生活は、私を破滅的な方向音痴に仕立てあげていたのだ。

 それから、どこをどう走ったのか。道々何かを叫んでいたようにも思うが、何と言っていたのか、自分でも皆目わからない。全ては、祭りの熱風の前にあっけなく掻き消されていった。

 力の限り走り切ると、私は膝をつき、天を仰いだ。

 私の人生は空っぽでした。
 全てを預けられるような友も得ず、全てを捨てていいと思えるような恋もなく、ただひたすら怠惰のみを積み重ねてまいりました。
 揚句、自ら定めた死に場所にすら辿り付けぬ、愚鈍な男に成り果てました。
 神よ! もう私には、貴方にすがるより他、術はありません。
 どうか、私にお示しください。進むべき道を! 導(しるべ)を我に!

 整わぬ呼吸の中、私はほとんど喘ぐように、根限り叫んだ。

 そのとき、天より一条の光が射し、私を優しく抱擁した。
 そして私は確かに、天の声を聞いたのである。

「この辺は魚とかラーメンが美味いから、それ食って帰るがいいよ」
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by keiji65535 | 2007-10-15 08:07 | 自動書記小説
「下善の水は低きより高きへと流れる」
 最近は仕事にも慣れた。麻痺したと言うべきか。
 上役の不条理な叱責も、同僚の仕事量との理不尽なまでの差異も、さほどストレスを感じることなくやり過ごせるようになった。
 ただ、かつて己の内で大切にしていた筈のものがほとんど失われつつあることに対する、言いようのない焦燥だけが、毎夜のようにちりちりと私を炙り、責め立てる。
 私はいったい何の為にこの生活を選んだのだったか。こんな乾いた日々で何を守っているのか。
 それを確かめるには、一度失ってみるのが手っ取り早いのではないか。
 ある朝、私は気がつくと勤務先とは逆方向へ向かう列車に乗っていた。

 その日の夕刻には、私は遙かな断崖より日本海の波濤を眺めていた。激烈な後悔の念を抱いて。
 馬鹿な真似をするのではなかったと、腹の底の底から悔いていた。
 あわよくば、気鬱な日々の中で失くしてしまった本来の自分を取り戻せるのではないかという期待も抱いてこのような蛮勇に討って出たのだが、そんなものは始めから無かったのだと気付かされただけであった。

 傍から見ればこんな私の悲劇など、滑稽事でしかないだろう。
 他人の不幸が滑稽なら、自らの不幸を他人事のように客観視できれば、さぞかし愉快な日々を過ごせるに違いない。
 願わくば、私は自分やそれを取りまく人の世の可笑しさ愚かしさを、高みより俯瞰して暮らしたい。

 そのような存在といえば、神ぐらいのものであろうか。
 ならば、そうだ、私は神になろう。

 窮した心は、極論を導きがちなもの。

 こうして、私は神になったのである。

 今は死ぬほど後悔してます。
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by keiji65535 | 2007-10-03 07:39 | 自動書記小説