いきぢから
by keiji65535
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「あと無職とか絶対ムリだから」
 吹雪はいつの間にか止んでいた。だが、針のような寒気がおさまったわけではない。
 空は澄み切った漆黒に沈んでいたかと思えば、とつぜん紅に染まったり、深海のごとき蒼一色に包まれることもある。
 大気が不安定なのだ。もはや命あるものの踏み入ることのできる場所ではなかった。
 そこは天の一部であった。
 雪中に歩みを進めるその男の五感は、もはやほとんど失われていた。なのに足だけは別の意思をもつもののように前へ前へ踏み出されていく。
 目的を果たし得たとしても、生きて帰れる望みは万に一つといったところであろう。もし帰ることができたとしても、五体無事に暮らすことはかなうまい。
 頭の中心に、きんきんとした痛みがある。身中に残っている唯一の感覚であった。この痛みの失われたときが最期だ。男はそう確信していた。
 その痛みが、前触れもなく消失した。全身が温もりに抱かれ、安らぎが心身に満ちた。
 これが死というものか。こんないいもんなんだったら、もっと早く死んでおけばよかった。
 思わず膝をついた男の前に、微笑があった。
 それは美そのものであった。男の衰えた目が、微笑に釘付けとなった。
「人の身でありながら、よくぞここまで参られました」
 微笑は、男に語りかけた。
「貴女が……女神」
 声にならない声で、男はやっとそれだけ言った。
「そう呼ぶものもあるようですね」
 微笑はいっそう輝きを増した。
「ああ――」
 熱い、熱い涙であった。それを皮切りに男の身中で血が脈打ち、生気がみなぎっていく。
「わたしは……貴女を求めてここへ来ました」
「知っています。人が人ならぬ望みを抱いたとき、私を求めます。しかし実際にたどり着くことができるのは、ほんのわずか、選ばれた者のみが成し得ることです。あなたは、私に何を望みますか」
 男は立ち上がると、深々と頭を下げ、
「つ……つ……付き合ってください!」
 微笑が凍りつく。
 しばしの静寂のあと、それは決まり悪そうに、
「ごめんなさい、年下は、ちょっと」
 背中でその声を聞いた男は、やがてだるそうに上体を持ち上げ、
「死ね!」
 そう吐き捨て、踵を返した。
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by keiji65535 | 2008-05-28 00:59 | 自動書記小説
「運動くん」
 ダントツの首位でゴールテープを切ったその男は、そのまま身体を冷やさぬよう軽く動きつづけ、次の競技に備えていた。
 そこへジャージ姿の若い女が駆け寄ってきた。
「すみません、ご父兄の方でしょうか」
「いや違うけど」
「ならどうして小学校の運動会でいい大人が全力疾走してるんですか」
「一般参加はあかんの?」
「そんな枠は設けてません」
「何、金か? 金が欲しいんか?」
 男は短パンのポケットから万札を取り出した。
「まあ貰うけど」
 女は素早く金を奪いとると、
「とにかく行事進行の妨げですんで、早くお帰りください」
「今、金受け取ったじゃないか」
「それとこれとは話が別です」
「別かなあ」
「だいたい何でこんなことしてるんですか。変態は死ねよ」
「じつは僕は日本短距離界のエースとして将来を嘱望されてる者なんだけど、来週オリンピック選考会があるんです」
「それで」
「最高のメンタリティで本番に臨むべく、ここで圧勝の気分を味わっておこうと寄らせていただいた次第です」
「子供たちのトラウマになるから帰ってください」
「じゃあお金返してよ」
「それとこれとは話が別ですってば」
「別なのかなあ」
「こんな大人げないことしてるとね、おとなげないお化けが出るよってお婆ちゃんが言ってましたよ」
「何?」
「おとなげないお化けです。ほら、こうしてる間にも」
 そのとき、校庭は大きなどよめきに覆われた。
 巨大な白い犬が、舌をだらしなく垂らしながらトラックに駆け込んできた。その一挙手一投足に、生徒たちは声をあげ、はしゃぎ倒している。
 しばらくその様子を見ていた女教師はやがて男に振り返り、
「いやあれは犬ですけどね」
「結婚してください」
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by keiji65535 | 2008-05-06 23:19 | 自動書記小説