朽ち、崩れ、腐りきった木造アパート、最早住人の一人とて居ないはずのその建物の一室にどうしたわけか、一個の屍体があった。
この先、誰に見つかる気兼ねもなく、存分に腐敗してゆくことの許されたムクロ。せいぜい、何年か何十年か後に解体業者が、すかすかの骨と畳についた人型の染みを発見することが関の山であろう、そんな有機体。
世界じゅうの誰にも知られず気にかけられず、沈黙の内に息を引き取り、腐敗する。それが幸福なことか不幸なことかを論じても意味はなかろうしそもそも誰もそこに屍体のあることを知らないわけだから論ずる人がいないわけで、論題としては矛盾を孕む。ただ、生前のその人が多分あまり幸福でなかったであろうことは想像できるかも知れないけれど想像する人はいない。だって誰も知らんから。
そんな虚無的な死であってもその屍骸にはハエゴキブリその他がたかり卵を生みつけ、れっきとした生命のサイクルがそこに展開されるって、それってとっても身も蓋もないよねっていう、そんな話。