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2006年 01月 31日 ( 1 )
こんな夜に
 なぜ死ぬとわかっていて行くかって? それは俺が「男」だからさ。

 なぜ風邪を引いたら首にネギを巻くかって? それは俺が「おばあちゃん子」だからさ。

 仲間たちの声が俺の背を打つ。しかし歩みは止まらない。

「よせ! スポーツ新聞の求人欄に応募するのはやめろう!」

 脳髄でそのような一人芝居が繰り広げられるほどに、彼にとって就職活動とは一大事業であった。
 履歴書に虚偽の住所を記すことで、いつでも逃げれる道を敷いて入ったその零細広告会社は、しかし、彼自身が驚くほど、すんなり勤まっていた。
 俺はもしかして、けっこう働き者だったのか。彼は自身に対する認識を改め、それまでの怠惰を悔いた。人生の30年近くを無為に過ごしてきたその遅れを、少しでも取り戻そう、そんな殊勝な考えさえ抱きはじめていた。

 しかし平穏は長く続かなかった。

 彼がある日、彼の会社と平素懇意にしている印刷工場に赴いたときのこと。

「あー。わー」

 ここが静かなのは、最近いつものことだった。彼の会社以外、この工場に仕事を廻しているところはほとんどないようだった。
 それにしても今日は人っ子一人いねえじゃねえかと不審に思いつつ足を踏み入れると、輪転機の上で工場の社長が首を吊っていた。

 彼は不思議なほどの落ち着きで、俺が第1発見者ってことはねえだろう、他の従業員はどうした、と訝り、工場奥の階段を昇り、事務所に向かった。道々、携帯で会社に連絡し、社長に状況を伝えた。
 やがて事務所に辿り着いたが、金庫が開いて中が空になっている以外は、普段と様子は変わらない。待っていれば誰か来そうな気がするが、まあ来ないだろう。
 ここへ来てようやく、警察に通報するという発想が出た。
 机の上の紙袋に工場の住所が記されており、それを携帯で警察に伝えた。
 切ってから、あ、警察来るまで俺いないとまずいのかな、と思い、どうせ帰ってもすることないけどでも死体の目と鼻の先でじっとしているのもどうもなあ、まあでも仕方ないか、彼は観念してソファに腰を沈めた。
 ふと窓の方を見ると、コガネ色の猫が、トタン屋根の上で伸びをしていた。
 しばらく眺めていたが、猫はこちらに気付きもしないようだった。

 こうなるとどっか他の印刷工場さがさなきゃなあ。それ、俺がやるのかな。まあ俺しか営業いないし。ここみたいに、納品書の改ざんに協力してくれるような工場が、簡単に見つかればいいけどなあ。

「ああ」

 彼は考えることを放棄して大きく一つ嘆じると、天井を仰いだ。
 穴がボコボコあいていた。

知らせ。
by keiji65535 | 2006-01-31 22:52 | 自動書記小説