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いきぢから
by keiji65535
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「沸点」
 その日の日本列島はパンツの中のよな蒸し暑さであり、いわば国民総員が陰茎であったのだ。闇の中で怒りを溜めて自らの骨肉をさいなみ修羅道に踏み入らんとする者どもの蜂起は刻一刻と近づいていたが、それはさておいてここに一つのささやかな愛が芽生えつつあった。斉藤ムパ吉58歳。彼は会社よりの帰路、一つの哀れな魂を見出した。その男は全裸を荒縄で緊縛された上、眼隠しと猿ぐつわをかまされた状態で路上に放置されていた。周囲の人々は素知らぬ振りで遠巻きに通り過ぎていくのみであったが、ムパ吉は矢も楯もたまらず男に駆け寄り、その拘束を解いた。「サンキューです」男は切れ切れの呼吸の中からムパ吉に礼を述べた。「一体何があったのいうのか。好きでやっていることなら私は何も言わぬけれども」ムパ吉が問うのに、男は落涙しながら「私はある大罪を犯し、報いを果たすためにこのような姿をしています。しかし今悟りました。私がどのような苦役を引き受けようと、その罪が消えるわけではないことを。それよりはせめて、これから先の人生を、他者の心を救うことに捧げるべきなのだと。決めました。私はこの先、貴方を愛することに一生を捧げます。そうすることで、この甲斐なき生命にも幾ばくかの意義が芽生えましょう」「私は構わないが、良いのか君はこのようなおっさんに全てを捧げて。残念ながら私にそっちの趣味の持ち合わせはないし、君の愛に報いる自信がない」「良いのです良いのです。私は貴方に何も求めません。むしろ抱いてやると言われても正直ちょっと困ります。私はただ貴方を愛し、そのことによって貴方が喜びを感じてくれさえすれば、他に望みはないのです」かくしてこの時よりこの男、谷屋ムパ六26歳は、ムパ吉に影のごとく付き従い、有言実行、惜しみない愛を捧げつづけ、それは時に行動となって体現された。ある日ムパ吉が威勢のいい若者数人に囲まれ金品を要求されたとき、ムパ六は己の危険を顧みず若者らに食ってかかった。そしてまたあるとき、大型トラックが歩道に乗り上げてムパ吉に向かっていったところをムパ六が突き飛ばし、あやうく避けたところに運転席から機銃が乱射された。ムパ六は銃口の前に身を躍らせ、傷を負いながらもムパ吉の窮地を救った。自分のことを命がけで必要としてくれる存在に、ムパ吉の精神は自信と温もりに満ちていった。だが垂れないおっぱいがないのと同様、愛もまた不滅ではありえない。この愛の終局は極めて悲劇的な形で、すなわちムパ六の死によって幕を閉じることとなった。ムパ吉が趣味の登山に赴いた山で、頭上から巨大な岩石が降ってきた。ムパ六はムパ吉をかばい、岩石の下敷きとなった。半身を潰された状態でムパ六は苦悶の中「ムパ吉さん。私は貴方に謝らなければならない」と告げた。「謝るとは何のことだ」「私が貴方のお傍につくようになってから貴方を襲った無軌道な若者やトラック、あれらは私の仕込んだものだったのです。私は貴方に自分の愛情を誇示したいがために、貴方を危険にさらしてしまった」「そうだったのか。何も気にすることはない。私のためにそこまでしてくれる気持が何より嬉しくありがたい」「だけど、自分の仕込んだことでなくても、こうして私は貴方のためにこの身を投げ出すことができた。私は誇りを抱いて死んでいくことができる」「そうか。そう言ってもらえるなら、私もこの岩石を仕込んだ甲斐があったというものだ」「……え」「すまない、君の愛を試したくてつい。私も君に愛されたことを誇りに思う。ムパ六君、今まで本当にありがとう」「……サノバビッチ……」
 大黒天が弁財天をファックし、天照大神が八幡大菩薩のタマをしゃぶる。八百万の神々による乱交パーティは尽きることを知らない。この世の全てが何かの冗談だったらいいのに。そんなことを誰かが思った。
# by keiji65535 | 2008-07-07 00:47 | 自動書記小説
「あと無職とか絶対ムリだから」
 吹雪はいつの間にか止んでいた。だが、針のような寒気がおさまったわけではない。
 空は澄み切った漆黒に沈んでいたかと思えば、とつぜん紅に染まったり、深海のごとき蒼一色に包まれることもある。
 大気が不安定なのだ。もはや命あるものの踏み入ることのできる場所ではなかった。
 そこは天の一部であった。
 雪中に歩みを進めるその男の五感は、もはやほとんど失われていた。なのに足だけは別の意思をもつもののように前へ前へ踏み出されていく。
 目的を果たし得たとしても、生きて帰れる望みは万に一つといったところであろう。もし帰ることができたとしても、五体無事に暮らすことはかなうまい。
 頭の中心に、きんきんとした痛みがある。身中に残っている唯一の感覚であった。この痛みの失われたときが最期だ。男はそう確信していた。
 その痛みが、前触れもなく消失した。全身が温もりに抱かれ、安らぎが心身に満ちた。
 これが死というものか。こんないいもんなんだったら、もっと早く死んでおけばよかった。
 思わず膝をついた男の前に、微笑があった。
 それは美そのものであった。男の衰えた目が、微笑に釘付けとなった。
「人の身でありながら、よくぞここまで参られました」
 微笑は、男に語りかけた。
「貴女が……女神」
 声にならない声で、男はやっとそれだけ言った。
「そう呼ぶものもあるようですね」
 微笑はいっそう輝きを増した。
「ああ――」
 熱い、熱い涙であった。それを皮切りに男の身中で血が脈打ち、生気がみなぎっていく。
「わたしは……貴女を求めてここへ来ました」
「知っています。人が人ならぬ望みを抱いたとき、私を求めます。しかし実際にたどり着くことができるのは、ほんのわずか、選ばれた者のみが成し得ることです。あなたは、私に何を望みますか」
 男は立ち上がると、深々と頭を下げ、
「つ……つ……付き合ってください!」
 微笑が凍りつく。
 しばしの静寂のあと、それは決まり悪そうに、
「ごめんなさい、年下は、ちょっと」
 背中でその声を聞いた男は、やがてだるそうに上体を持ち上げ、
「死ね!」
 そう吐き捨て、踵を返した。
# by keiji65535 | 2008-05-28 00:59 | 自動書記小説
「運動くん」
 ダントツの首位でゴールテープを切ったその男は、そのまま身体を冷やさぬよう軽く動きつづけ、次の競技に備えていた。
 そこへジャージ姿の若い女が駆け寄ってきた。
「すみません、ご父兄の方でしょうか」
「いや違うけど」
「ならどうして小学校の運動会でいい大人が全力疾走してるんですか」
「一般参加はあかんの?」
「そんな枠は設けてません」
「何、金か? 金が欲しいんか?」
 男は短パンのポケットから万札を取り出した。
「まあ貰うけど」
 女は素早く金を奪いとると、
「とにかく行事進行の妨げですんで、早くお帰りください」
「今、金受け取ったじゃないか」
「それとこれとは話が別です」
「別かなあ」
「だいたい何でこんなことしてるんですか。変態は死ねよ」
「じつは僕は日本短距離界のエースとして将来を嘱望されてる者なんだけど、来週オリンピック選考会があるんです」
「それで」
「最高のメンタリティで本番に臨むべく、ここで圧勝の気分を味わっておこうと寄らせていただいた次第です」
「子供たちのトラウマになるから帰ってください」
「じゃあお金返してよ」
「それとこれとは話が別ですってば」
「別なのかなあ」
「こんな大人げないことしてるとね、おとなげないお化けが出るよってお婆ちゃんが言ってましたよ」
「何?」
「おとなげないお化けです。ほら、こうしてる間にも」
 そのとき、校庭は大きなどよめきに覆われた。
 巨大な白い犬が、舌をだらしなく垂らしながらトラックに駆け込んできた。その一挙手一投足に、生徒たちは声をあげ、はしゃぎ倒している。
 しばらくその様子を見ていた女教師はやがて男に振り返り、
「いやあれは犬ですけどね」
「結婚してください」
# by keiji65535 | 2008-05-06 23:19 | 自動書記小説
「獅子よ 眠れかし」
<あらすじ>
 前回の記事を「続く」と締めたが、あれはウソだった。


 ひどく心地のいい目覚めであった。
 目を開いた彼は、俺は夢を見ているのだと確信した。誰しもが経験する、夢を見ている自覚のある夢、その類であろうと。
 無闇に広い部屋に程よい間隔で並べられた、美麗な調度品の数々。それらは窓から差し込む優しい光、天然のものとも人工のものともつかぬそれを反射し、燐光のごとき眩さを見せていた。
 そんな豪奢な部屋の奥で彼は、浮遊しているかと思えるような弾力のある椅子に腰を沈めている。その周囲に半裸の女たち、いずれも劣らぬ美女が幾人も彼に寄り添い、かしずいていた。
 彼は、絵に描いたような王様であった。こんなことは夢以外ではありえぬ。
 ずいぶんわかりやすい欲望の顕れであることよと、内心苦笑しつつ、彼は周囲を見回した。夢であれば、少しでも長く愉しむに如くはない。
 だが、時間が経つにつれて現実的感覚が身体に戻ってくると、この状況を愉しむどころではなくなってきた。いったい俺の身に何が起こっているのか。
 そのとき、彼の鼻腔を、覚えのある香りが刺激した。
 そして彼は、彼が眠りにつく前に起きたことを思い出した。

 その日の彼はパチスロで大勝し、気の大きくなったまま街をふらついていた。
 いつもであれば目もくれず通り過ぎる、インド雑貨の路上販売の前で何の気もなしに足を止めると、一本の香が目についた。
 無意識に手に取ると、
「その香はねお兄さん、選ばれた人が焚くと、自分の中にもう一つの人格が生まれるんです」
 やたらと流ちょうな日本語で、インド人の店員が話しかけてきた。
「たとえばお兄さんが焼きそばを作ろうとして、材料一通り買ってきてね、さあいざ作ろうかというときに、オイスターソースを切らしていることに気が付く。買いにいかなきゃならないけど、また出かける気力がどうしても起こらない。そんなときに便利です。もう一つの人格に買いにいかせればいいんでね」
 かるいトリップ感覚でも味わえれば儲けものであると、それぐらいの気持ちで、彼は五〇円のその香を二本、香皿と共に購入した。
 部屋に帰ってその香に火をつけ、先端から昇る煙を吸い込んだのが、彼の最後の記憶であった。

 彼の内に潜在していたもう一つの人格、それは本来の彼とはおよそかけ離れた野心、行動力、そしてカリスマ性の持ち主であった。今や彼は政財界と黒社会を一手に牛耳る、この国の実質的な支配者となっていたのである。
 彼はそのことを全く覚えていないが、何となく状況を飲み込みつつあった。
 今彼の鼻に届いている香りが、最後の記憶にあるものと同じであった。たまたまこの部屋で焚かれたその香が、久しく眠っていた本来の彼の意識を揺さぶり起こしたものと見える。
 彼は眠っている間に途方もない富と地位を得た。だが、確実に大きなものを失ってもいた。
 自らの手の甲に視線を落とした瞬間、彼の表情に、微かな苦悶が現れた、その微妙な変化に、周囲の女の誰もが気がつかなかった。
 よく手入れはされているものの、その肌には張りが失われ、深く荒い節が目立った。まだ二十四才であるはずの彼の手に、覆いようもない老いが見て取れた。鏡を覗けば、さらに過酷な現実がそこにあるだろう。
 二〇年、否、三〇年以上、彼は眠っていたらしい。
 彼は再びゆっくり目を閉じると、深く長い懊悩の果て、やがて、ふっきるように一言呟いた。
「トータル、プラス!」
# by keiji65535 | 2008-04-14 00:15 | 自動書記小説
「例えの出てこない和尚」
 森閑たる山村の片隅にひっそり建つ古寺。古びてはいるが掃除の行き届いているその本堂の中で、一人の男がじっと座して仏像を見つめている。
 男の背後へ、静かに住職が現れた。
「迷いが晴れぬようですな」
 鷹揚な、しかし深い声であった。
「和尚様」
 男は住職の立つ方向へ座りなおし、
「一体、人は罪を逃れて生きることができるものでしょうか」
 住職は微笑を浮かべ、ゆるりとかぶりを振った。
「それは無理というものです。人はただ眼を瞬くだけでも罪を重ねている。それが人の生まれながらに負いし業というもの」
「それでは、人は何のために生まれてくるのでしょう」
「……左様……」
 住職は本堂の内を一通り眺めたあと、脇の木戸をす、と開け放った。
 美しい庭がそこにあった。四季の全てを愛する者の作りし庭であった。
 沈黙が訪れた。
 住職はただ黙して庭を見つめている。男も、住職の視線を追うように庭を眺めている。
 沈黙は続いた。
 たっぷり八分は続いた。
 やがて住職は重い口を開く。
「人とは、人の世とは、左様……」
「はい」
 住職は病的にゆっくりとした動きで庭を指差し、
「あの…………」
「はい」
 再びの静寂。小鳥のさえずりだけが響く中、住職は腕を上げたまま動こうとしなかった。
「あの……松の木……」
「松の木、ですか」
「……の、下の、池……」
「はい、池」
「の、中の、」
「中の?」
「中の……鯉?」
「鯉」
「鯉なんて言ってない。石、石」
「石でございますか」
「……」
「……」
「は、置いといて」
「……はあ」
「……」
「……」
 住職は思い切った様子で腕をぐわわっと上げ、天を指差した。男の視線もその指先を追う。
 で、そっからまた沈黙だった。
「……」
「……」
 住職は何事もなかったように腕を下ろし、
「浮世は、ピンクローターのようなものでしてな」
「ええっ!?」

<続く>
# by keiji65535 | 2008-03-26 23:19 | 自動書記小説